「国家を開く」という見方
きょう、このブログを開設。もうひとつのブログ「washiroh その日その日」のときと同
様に、ぼんやりとインターネットで遊んでいたらできちゃったという感じ。なんだか自分
のブログばかり作っている気がするが、そのうちここは状況論系統の発信サイトとして
特化させようかなどと考えている。
いまはなにも決めないで、しばらくは「washiroh その日その日」と並行的な扱いで行
こう。
ともあれ2007年6月12日、わたし、巖谷鷲郎の最新ブログが幕を開いた。
鹿児島県の病院で内科医を務めている旧友、高尾一行さんからメイルが届いた。
5月にパリへ行っていたという。
前段はぼくの近況を気遣う文面、さまざまな意味でありがたかった。
後段にパリの近況が書かれている。サルコジ大統領の人気は「大したもの」だそう
だ。続いて「組閣でも開かれている、という印象」とあり、この「開かれている」という高
尾さんのことばがそれこそ印象深い。
たとえば法務省大臣に、マグレブ(父モロッコ、母アルジェリア)女性ラシダ・ダティ
(Rachida DATI)を指名したことが開かれた方向性を示しているわけで、これを高尾さ
んは「いかにも広いヨーロッパ、シーザーが目指していたような、広いエスプリを感じま
す」と受け止めている。
で、今後について、そのエスプリが基調となって「ヨーロッパが作られていく
のだなあという第一印象です」と結ばれていた。
ぼくもそうだろうなと捉える。
だいたいサルコジ大統領の誕生にしても、日本のメディアでは「右派」という
見方が妙に目立ったが、それはフランスにおける相対的な状況判断としてに生ま
れてくる話で、ぼくなんぞは日本の現状のほうがよっぽど右派的傾向にのめり気
味ではないかと考えているのだ。
それはそうと、ぼくは高尾さんの「ヨーロッパが作られていくのだなあ」とい
う感覚にかなりつよく共感を覚えた。
返信メイルにも書いたのだが、ぼくはこのひと言から吉本隆明の『超「戦争
論」』(アスキー 2002年11月刊)を思いだしたものだった。田近伸和が
吉本隆明にインタビューするかたちでまとめられたこの本で吉本は、EUのこと
をたびたび採り上げ「国家が今後どうなるかを考える上で非常に参考になると思
います」といっている。
これは、国家を「開いていく」「解体していく」ことがこれからの最も大きな
課題だという意味。続く文章で「EU(欧州連合)では、国家を開いて、通過を
統一するまでになりました。とりあえず、そこまできたわけです」というのであ
る。
国家は固定していない、やがては全的な自由へ向けて開いていくというこの考
え方こそが、ぼくには最も真っ当な世界観と思えるのである。
