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2008年3月

2008年3月 2日 (日)

捜査妨害との批判

 しかしまぁ、テレビニュースに登場する海自幕僚長やら報道官やらといった高官どもが話す様子を見ていると、こいつらいったい何を考えて仕事をしているのやらとあきれ果ててしまう。

 きのうの毎日新聞だったか、事故当日、海上保安庁が捜査に着手する前に石破茂防衛相らが航海長の聴取から得た内容のうち「衝突直前の2分間の情報だけを海保に提供していたことが分かった」と報じられていた。
 衝突事故を起こした防衛省側ではイージス艦あたご航海長から事故前後の情報をたっぷり聞き出しておき、捜査主体の海上保安庁には「衝突直前の2分間の情報だけ」を渡した、というわけだ。
 ひどいものだね。
 石破大臣も見るからにそうだが、こういう連中にかぎって子どもや若ものたちにウソをつくなだのルールを守れだのと利いたふうな説教をしがちなのだ。
 自分たちこそがウソをつきルールを守らず、最もいい加減な態度でいるではないか。しかも、それでいながら税金からの高額な給料を得ているのだぞ。
 つくづくイヤになる。

 毎日新聞の記事はこう続いている。
 「航海長は衝突前の当直士官で、交代前から衝突までの状況を報告したとみられる。レーダーに複数の船影を把握していたことなども説明していたが、海保へのファクスには記されていなかった。捜査妨害との批判もあり、石破氏の責任を問う声が高まりそうだ」。

 高まりそうだではなく、責任を問う声はすでに高まっているよ。
 辞任すりゃいいってものではないとも思うが、多数の漁船が仕事に出ている海上を進みながらぶつかる危険を考えもせず、危なくなっても「彼らがよける」と決めつけているイージス艦長や海自高官や乗組員たちを統括しているのが防衛大臣なのだ。
 いい換えれば、平和な海の上で漁船清徳丸を真っ二つに破壊してしまう精神を植え付け保たせていたのは石破大臣以下の防衛省幹部と海自高官たちということになる。

 この件、書いたり考えたりするたびに背筋が寒くなってくる。
 何やらそこが現在の時代状況を象徴するようで、今夜は背筋の寒さどころか吐き気まで生じてくる気がするぞ。

2008年3月 1日 (土)

侮蔑、石破防衛相

 

 きょうは3月1日だが、イージス艦あたごをめぐる防衛省および海上自衛隊、さらには石破茂防衛相の卑怯未練な対処がなおも続いている。

 せっかくいい天気の土曜日、あいつらのことを考えるのはウンザリなので、2月26日に書いた文章書いた文章をブログ用に転用する。

 仕事中に日づけを記入する必要が生じ、ふと、きょうは「226」ではないかと思った。
 2月26日。
 先週土曜日の毎日新聞で、同紙東京本社編集局顧問の岩見隆夫氏が湯河原の老舗旅館・伊藤屋について書いていたのを思い出す。

 が、それよりも身近に思うのは湯河原にある知人の別荘に行くたびにその伊藤屋の前を通ったことなのだ。
 別荘に行くためにタクシーに乗ると、必ず伊藤屋の前で左に曲がるのである。
 左に曲がったすぐの右側に岩見隆夫氏も書いている「旅館の旧別館」があり、ぼくはいつも、ここが「226」ゆかりの建物なのだと思うのだった。
 やがて坂道になり別荘に近づき、伊藤屋も226も襲われた牧野伸顕のこともたちどころに念頭から去るのだが、しょっちゅう通るものだから何となくなじみ深い場所となってしまった。

 そしたまた226というと、むかしよく母親が話していた「その朝の光景」が浮かぶのだ。
 母は当時女学生で、その雪の朝もいつも通り学校へ行くつもりで家を出たという。
 母の実家は赤坂の新坂(日本東京都港区赤坂8丁目)にあり、したがってそこかしこに兵隊がバリケードを築いていた。脇を通ると誰何(すいか)される。いや、女学生なのだから「誰何」とは違うのかも知れないが要するに不穏な気配がたちこめていたらしい。
 学校へなんかとても行けないなと思ったかどうか、母は雪の道を黙って歩いていたそうだ。

 2月26日。
 ぼくは事件を起こした「皇道派青年将校」に特別な関心があるわけでもない。それでも「あ、きょうは226だ」などと思うのは、まぁ昭和の大事件として興味の針が振れるということなのだろう。

 それにしても、と、ここでどうしてもイージス艦「あたご」のことを連想してしまう。
 報道ではイージス艦乗組員の「驕り」についてやっとコメントし始めたようだが、なに、そんなことは始めから分かっているじゃないか。
 きょうあたりの報道は、石破茂防衛大臣が、清徳丸発見時刻を「事故の12分前」と知らされていたにもかかわらず、公表がそれから約20時間も遅れたことを採り上げている。
 毎日新聞は、衆院安全保障委員会の答弁で石破大臣が「省内の連携のなさは否めない。私自身が海保に確認を取らなくてはいけなかったのかもしれない」と述べたと伝えている。
 「対応のまずさを認めた」というわけだが、連携のなさなんぞという次元の話か?

 防衛省、海上自衛隊、あたご乗組員、石破大臣、みなそろって愚かで小狡く、ひでぇものだ。
 もっとも防衛省だけではなく霞ヶ関官庁のあちらこちらがひでぇ。
 役人どもがあんなふうでも何とか行政が動いているのは、ぼくを含めた一般市民が、なぜかじっとガマンをし続けているからだろう。
 ガマンを選ぶしか方途がないほどみんなの生活が追い詰められているというべきか。
 政府は一般市民にただひたすら疲労感を植え付け、象徴的にいえば「あたご」のていたらくはその方策が功を奏した結果とも見えてくる。

 つくづく感じるのは防衛省と防衛大臣への、海上自衛隊への、そしてあたご乗組員への軽蔑ばかりなのである。