考慮中
このごろ読んでいるのは佐藤優の著作で、とにかく教えられることが多く、しかもそのいちいちに得心が行き、おもしろい。
ここのブログに書くのは久しぶりで、目下、さてどういう場にしようかと考慮中。
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このごろ読んでいるのは佐藤優の著作で、とにかく教えられることが多く、しかもそのいちいちに得心が行き、おもしろい。
ここのブログに書くのは久しぶりで、目下、さてどういう場にしようかと考慮中。
しかしまぁ、テレビニュースに登場する海自幕僚長やら報道官やらといった高官どもが話す様子を見ていると、こいつらいったい何を考えて仕事をしているのやらとあきれ果ててしまう。
きのうの毎日新聞だったか、事故当日、海上保安庁が捜査に着手する前に石破茂防衛相らが航海長の聴取から得た内容のうち「衝突直前の2分間の情報だけを海保に提供していたことが分かった」と報じられていた。
衝突事故を起こした防衛省側ではイージス艦あたご航海長から事故前後の情報をたっぷり聞き出しておき、捜査主体の海上保安庁には「衝突直前の2分間の情報だけ」を渡した、というわけだ。
ひどいものだね。
石破大臣も見るからにそうだが、こういう連中にかぎって子どもや若ものたちにウソをつくなだのルールを守れだのと利いたふうな説教をしがちなのだ。
自分たちこそがウソをつきルールを守らず、最もいい加減な態度でいるではないか。しかも、それでいながら税金からの高額な給料を得ているのだぞ。
つくづくイヤになる。
毎日新聞の記事はこう続いている。
「航海長は衝突前の当直士官で、交代前から衝突までの状況を報告したとみられる。レーダーに複数の船影を把握していたことなども説明していたが、海保へのファクスには記されていなかった。捜査妨害との批判もあり、石破氏の責任を問う声が高まりそうだ」。
高まりそうだではなく、責任を問う声はすでに高まっているよ。
辞任すりゃいいってものではないとも思うが、多数の漁船が仕事に出ている海上を進みながらぶつかる危険を考えもせず、危なくなっても「彼らがよける」と決めつけているイージス艦長や海自高官や乗組員たちを統括しているのが防衛大臣なのだ。
いい換えれば、平和な海の上で漁船清徳丸を真っ二つに破壊してしまう精神を植え付け保たせていたのは石破大臣以下の防衛省幹部と海自高官たちということになる。
この件、書いたり考えたりするたびに背筋が寒くなってくる。
何やらそこが現在の時代状況を象徴するようで、今夜は背筋の寒さどころか吐き気まで生じてくる気がするぞ。
きょうは3月1日だが、イージス艦あたごをめぐる防衛省および海上自衛隊、さらには石破茂防衛相の卑怯未練な対処がなおも続いている。
せっかくいい天気の土曜日、あいつらのことを考えるのはウンザリなので、2月26日に書いた文章書いた文章をブログ用に転用する。
仕事中に日づけを記入する必要が生じ、ふと、きょうは「226」ではないかと思った。
2月26日。
先週土曜日の毎日新聞で、同紙東京本社編集局顧問の岩見隆夫氏が湯河原の老舗旅館・伊藤屋について書いていたのを思い出す。
が、それよりも身近に思うのは湯河原にある知人の別荘に行くたびにその伊藤屋の前を通ったことなのだ。
別荘に行くためにタクシーに乗ると、必ず伊藤屋の前で左に曲がるのである。
左に曲がったすぐの右側に岩見隆夫氏も書いている「旅館の旧別館」があり、ぼくはいつも、ここが「226」ゆかりの建物なのだと思うのだった。
やがて坂道になり別荘に近づき、伊藤屋も226も襲われた牧野伸顕のこともたちどころに念頭から去るのだが、しょっちゅう通るものだから何となくなじみ深い場所となってしまった。
そしたまた226というと、むかしよく母親が話していた「その朝の光景」が浮かぶのだ。
母は当時女学生で、その雪の朝もいつも通り学校へ行くつもりで家を出たという。
母の実家は赤坂の新坂(日本東京都港区赤坂8丁目)にあり、したがってそこかしこに兵隊がバリケードを築いていた。脇を通ると誰何(すいか)される。いや、女学生なのだから「誰何」とは違うのかも知れないが要するに不穏な気配がたちこめていたらしい。
学校へなんかとても行けないなと思ったかどうか、母は雪の道を黙って歩いていたそうだ。
2月26日。
ぼくは事件を起こした「皇道派青年将校」に特別な関心があるわけでもない。それでも「あ、きょうは226だ」などと思うのは、まぁ昭和の大事件として興味の針が振れるということなのだろう。
それにしても、と、ここでどうしてもイージス艦「あたご」のことを連想してしまう。
報道ではイージス艦乗組員の「驕り」についてやっとコメントし始めたようだが、なに、そんなことは始めから分かっているじゃないか。
きょうあたりの報道は、石破茂防衛大臣が、清徳丸発見時刻を「事故の12分前」と知らされていたにもかかわらず、公表がそれから約20時間も遅れたことを採り上げている。
毎日新聞は、衆院安全保障委員会の答弁で石破大臣が「省内の連携のなさは否めない。私自身が海保に確認を取らなくてはいけなかったのかもしれない」と述べたと伝えている。
「対応のまずさを認めた」というわけだが、連携のなさなんぞという次元の話か?
防衛省、海上自衛隊、あたご乗組員、石破大臣、みなそろって愚かで小狡く、ひでぇものだ。
もっとも防衛省だけではなく霞ヶ関官庁のあちらこちらがひでぇ。
役人どもがあんなふうでも何とか行政が動いているのは、ぼくを含めた一般市民が、なぜかじっとガマンをし続けているからだろう。
ガマンを選ぶしか方途がないほどみんなの生活が追い詰められているというべきか。
政府は一般市民にただひたすら疲労感を植え付け、象徴的にいえば「あたご」のていたらくはその方策が功を奏した結果とも見えてくる。
つくづく感じるのは防衛省と防衛大臣への、海上自衛隊への、そしてあたご乗組員への軽蔑ばかりなのである。
| いままで毎日新聞サイトで例の「大相撲時津風部屋の力士暴行死事件」の記事を読んでいた。ことの経過を追って日にちを遡りながら読むのがサイトで新聞を読むときの常だ。 すると同紙9日の見出しに「力士暴行死:執拗な暴行の詳細判明 少なくとも計8回」とあるのが目に入った。 新聞は毎日読んでいるつもりだが、この記事は読んでいなかった。 17歳といったら我が家の下の息子と同じ年齢だ。 そういう、これから自分の人生をつくる少年が「少なくとも計8回にわたって兄弟子らから」暴力をふるわれ続けていたというのである。 いま、21世紀。 20世紀初めに人類は第1次世界大戦という恐ろしくも愚かな大事件を起こし、およそ2000年間にわたって積み上げてきた文明史の根底を揺るがした。 その後第2次世界大戦や太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争などなど愚行を繰り返し、いまなおアフガニスタンとイラクで、あるいはケニヤやチャドやコンゴといったアフリカの国々で銃と暴力の争いごとを続けている。 戦争とは直接関係はないけれど、この記事を読んでからぼくは、時津風部屋の暴行殺人事件については、もっと考えなければいけない出来事なのだと思うようになった。 戦争は比類なき悪行だが、時津風部屋での出来事も行われたことの理不尽さにおいて全く同じことではなかろうかと思えてきたのだ。 記事には「暴行に関与していたのは延べ20人を超えていたとみられる」ともあり、殺された斉藤俊さん(時太山)は、死ぬ以外に結果ない行為にさらされ続けた。 戦争は必ず卑怯者を輩出させる。たとえば高空から市民殺戮を繰り返す爆撃機や戦闘機のパイロットなどがそういった卑怯者の典型例だが、時津風部屋の暴行に加わった面々もまた、自分は安全なところにいて17歳の少年1人に死に至る暴力を振るう卑怯者たちだ。 いまの社会が、まるで戦争中のようにそういう卑怯者を生み出すのはどういうことかを考えていかなくてはならないなと、要するにそう思った次第なのだ。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
何とねぇ、顔をそむけたくなる様相だな国会衆議院の惨状。
政府提出法案を基にしながら自民・公明両党は、どういうわけかその一部を抜き出し議員立法として提出した。
いわゆる「つなぎ法案」のことだが、これはどう見ても綿密な論議をされてはかなわないと踏んだ結果の「議員立法」だ。なにしろ議員立法にしておけば委員会質疑をしなくてもいいというのだから。
ここで自民・公明両党の議員は「いや、きちんと論議をするための2か月延長を求めた法案なのだ」とムチャクチャをいう。
違うだろ。
議員立法で提出された「つなぎ法案」を2か月の時間をかけて話し合うわけではないのだ。
そうではなく、提案し衆院通過さえしておけば、この「ガソリン1リットルあたり25円を上乗せする暫定税率の10年間維持」法案いついて2か月後の衆院再可決が見込めるからだ。
論議を逃げ、暴力的なまでの強引なやり口をもって党略本位の法案を成立させようとしておいて、なにが議会だよ。
恥を知れ、自民・公明の与党議員たち。
ラジオを聞いていると朝から国会のニュースでもちきりだ。
ガソリン税の暫定税率など期限切れ間近な法案をめぐって紛糾しているためで、自民・公明両党がまたまた不埒(ふらち)な策謀をたくらんでいるそうで、要するに5月末まで2カ月延長する「つなぎ法案」を議員立法で提出し衆院の多数をもって可決、2か月後の再採決による成立を図ろうというのである。これに抗しようとする野党は審議拒否も含んだ徹底対決を表明し、同法案の提出が午後にも予想されるとあってニュースの焦点となっているのだ。
朝日新聞のサイトを開くと「『つなぎ法案』提出へ緊迫 民主は徹底抗戦」という見出し(13時03分現在)。読売は「与党『つなぎ法案』29日中に提出、民主は審議拒否」といい、毎日の見出しには「つなぎ法案:与野党対立深まる 民主、予算委は審議応じる」とある(14時07分)。
いったい何ごとが起きているのかという点についてきのうの毎日新聞記事にあった概説が分かりやすいので引いておく。
「政府は23日、ガソリン1リットルあたり25円を上乗せする暫定税率の10年間維持を盛り込んだ租税特措法改正案など税制改正関連法案を国会に提出した。ただ、衆院通過は早くても2月中旬の見通しだ。野党が多数の参院で採決されない場合、参院送付60日経過後に否決とみなせる憲法の規定を用いて衆院で再可決しても成立は4月中旬となり、暫定税率がいったん失効する可能性が高まっていた」。
これが背景で、何としても特措法延長を目論む与党は上にいう「つなぎ法案」を思いついた。
「つなぎ法案が成立すれば、暫定税率の期限が5月末まで延びるため、仮に衆院再可決の規定を使っても税制改正関連法案の審議時間を十分確保できる。民主党など野党が参院で年度内に否決し、衆院で再可決される可能性もある」というわけなのだ。
いってみればこの間、自衛隊をインド洋に派遣し給油活動を再開することを目的とした新テロ対策特別措置法を成立させるために与党が採った方策を再び利用しようというわけで、相も変わらぬヘリクツ政治をやっているということだ。
インド洋での給油活動とは、アフガニスタンやイラクへの軍事出撃を繰り返す米軍向けに自衛隊が出向いて給油をいたしましょうという奇妙に一方的な活動をいう。「一方的」でないように整合させるためにはもっとじっくり論議を交わし、よく考え、再び論議を続けるといった本気の作業が欠かせない。が、本気の論議なんぞやられてはまずいと考える与党は「衆院再可決の規定」を持ち出し、つまりは衆院で3分の2の多数議席を擁する状態を盾にしたヘリクツ政治を押し通したのであった。
ま、小泉純一郎元首相による2005年夏の総選挙で衆院の議席配分を決めたのは当時の有権者なのであり、それは同時に小泉内閣で頻発されたヘリクツ政治を好んだということを意味する。
それじゃあ福田内閣だって真似したくなるよなと思わないでもないが、でもさぁ、ぼくのような者でもなぜ「衆院再可決」という規定が設けられているのかと考えれば、たとえば衆院解散を想定したものとわかるぞ。重要法案を審議しているまっ最中に解散総選挙という事態になった場合のような極端に異例な状況に陥っても国家運営に支障が起きないように、ある種の臨時措置として設けられている規定なのである。
いま自民・公明両党は、そういった臨時措置的な規定を平常時に用いようとしている。
こういうやり口を「弥縫策」と呼ぶ。
ヘリクツをもってとりつくろい、きちんとした論議からは逃避し、ただひたすら多数を利用して乱暴に押し切ろうというねらいが見え見えではないか。まさに軽蔑の対象だ。
まぁったく、与党だの政府だのという立場に身を置く連中は何を好んで軽蔑の対象になりたがるのだろう。
参院選が5日後に迫り、新聞ではどこを開いても参院選がらみの記事が目にとまる。
しかし中立性とやらの問題から選挙情勢そのものの報道はほとんどないのが実状で
わたしなんぞは隔靴掻痒の不快感に耐えきれない思いだ。あるラジオ番組で評論家の
勝谷誠彦氏が「何もいえねぇじゃねえか!」と声を荒げていたが、同感だ。ある主題に
かんし各党の意向をまんべんなく報告しようとするのが「中立」だと思っているわけでも
あるまいに、結局のところマスメディアは、おしなべて批判を抑え気味という状態になっ
ている。
それはそうと、きょうの毎日新聞朝刊に奇妙な記事が掲載されていた。
<「首相退陣不要」、責任論けん制狙い 政府・自民、大敗でも続投探る>という見
出しで、要は、仮に参院選で与党が敗北しても「安倍晋三首相(自民党総裁)は退陣す
る必要はない」といった声が政府や自民党内で「続出している」という。いま各世論調査
で自民党の苦戦が伝えられる。となると、同紙が書くようにこれは明らかに「与党が過
半数を大きく割り込む大敗をした場合に首相の責任論が出るのをけん制する狙い」に
基づくと考えられるわけなのである。
政府や自民党内でこうした意見が「続出」するほどに形勢が不利だと表明しているよ
うなものだが、でもさ、これ、ちょっとヘンじゃないか?
選挙結果は国民の判断だと、政府や与党は何度となくいってきたではないか。
であるならば仮に自民大敗が現実になったとしても、つまり安倍首相の政治方針を受
け容れるわけにはいかないという結果が出た場合にも、それが国民の判断であること
に異論はないだろう。
ところが記事にはこうあるのだ。
<(塩崎恭久官房長官も)東京都内での街頭演説で「政権選択の選挙は次の衆院選
になる」と首相続投を強調。自民党の中川昭一政調会長も同日の記者会見で、選挙結
果と首相の進退は別問題との認識を示した>。
これ、内閣と自民党の要にあるふたりが有権者の判断には耳をかす必要がないと述
べているにも等しく、ずいぶん国民をバカにした話だと思うぞ。
新潟県中越沖地震で東京電力柏崎刈羽原発から「微量の放射能を含んだ水約1.2
トンが海に放出された」(毎日新聞)と発表された件に関する塩崎恭久官房長官の記者
会見をテレビニュースで見た。
案の定、放射能漏れの原因は「耐震設計上想定していた以上の揺れだった」などと、
お定まりの弁解を繰り出していたが、きのうもここに書いたようにそれはダメだ、世間
に通るいいわけではないよ官房長官。
680ガル(ガルは加速度の単位をいうそうだ)とされる観測結果が「想定外」だといわ
れても一般市民は何のことやらさっぱり分からないが、東京電力にしろ政府にしろ原発
推進支持者にしろ、棄権だという声に対して「絶対安全」といってきたのは事実なのだ。
それが、いったん海水への放射能洩れが判明すると「想定していた以上の揺れ」など
といういいわけを始める。
そういうのを「卑劣」というのだよ、日本語では。塩崎長官が卑劣な人格なのかどうか
は知らないしどうでもいいことだが、記者に答えた弁明だけはどうしようもなく卑劣だ。
680ガルという聞き慣れない単位表記が「想定していた以上の揺れ」であるならば、
それは単に想定していた程度の「ガル」が少なすぎたということだろ。
日本が地震国であるのは分かりきったことであり、しかも原発の建設地が地震多発
地帯であることも何度となく指摘されたことだった。
塩崎長官自身が「それでも大丈夫、安全です」といってきたかどうかはもはや問題で
はなく、地震が「想定していた以上」だったと口にしたとたんに「想定していた単位は安
全だったが、それを超えた揺れに対しては危険だ」といってきたのと同じことになる。
聞けば680ガルは「想定した揺れの約2.5倍だった」(同紙)というではないか。
原発建設を「安全だ」といい切るならば6倍でも10倍でもいいから確実に安全な範囲
のガルを想定するのが政府の責任だろ。約2.5倍ていどで「想定していた以上」だな
んて、無責任にもほどがあるというものだ。
おまけにその無責任ぶりを記者会見で披瀝しながらテレっと平気な顔をしているとは
ね、いやはや呆れたものだぜ。
大問題となっている「消えた年金記録」だが、きょう、初めての回復を報ずる記事が
朝刊各紙に載っていた。
たとえば朝日新聞ウェブ版掲載記事の書き出し部分。
<保険料を納めた記憶はあるのに証拠がない「消えた年金記録」。その回復を、総
務省の第三者委員会が13日初めて認めた。「回復第1号」の15件に夫婦そろって入
った横浜市の内装業中村正見さん(59)、美津子さん(56)は、理不尽に奪われた権
利を取り戻せたことを素直に喜んだ>。
毎日新聞の記事も冒頭で中村さん夫婦の安堵を伝えていた。
<「泣き寝入りしてきた人が、声を上げるきっかけになれば」。横浜市の夫婦はそう
安堵(あんど)した。年金記録確認中央第三者委員会が13日決めた証拠なしでの初
の救済認定。しかし、認められたのは36件中15件で一部に過ぎない。納付したと言
い続ける人からは「なぜダメなのか」と不満の声が上がる>。
「消えた年金記録」の回復が認められた方々は本当によかったと思うものの、認めら
れなかった人にはより深い絶望感を与えるだけなのではないかと、ま、わたしの個人的
な印象だが、これらの報道はあらためて「第三者委員会への疑問」を感じさせるものと
なった。
要するにきょうの朝刊の報道は、安倍首相ほか政府与党の面々がその使命を高ら かに謳い上げた第三者委員会について「そのやり方はやっぱりヘンじゃないか?」と思 わせる結果をともなうものだったのだ。
毎日新聞の記事にあるが、第三者委員会による「証拠なしでの初の救済認定」で認
められたのは「36件中15件で一部に過ぎない」というくだりが気にかかる。
記事は<納付したと言い続ける人からは「なぜダメなのか」と不満の声が上がる>と
続いているが、わたしもまた「なぜだ?」と思うのだ。保険料を納めていながら時間が
経ってしまったこともあり伝票その他の証拠がない場合、第三者委員会は個別的な状
況を調べた上で判断するとするのだが、その個別状況こそが人によってすべて異なる
わけで、ひとりひとり違う事情を前に、第三者委員会はどうやって見分けるのだろうか。
認められた件数が「36件中15件」だけという結果はあまりに偏っている。第三者委
員会は、どういう調査経過によるものなのかを明らかにするべきではないか。
参院選もだいじだが新聞を読んでもっとも気になるのはパキスタンで起きた政府によ
る市民大殺戮だ。政府の指令により軍隊や警察が自国民に銃を向け殺しまくるという
1989年の第二次天安門事件と同じことが繰り返されてしまった。
モスクにいる人々を日本のメディアは「過激派」と呼んでいるが意味がさっぱり分から
ない。
せめてイスラム原理主義者といえば分かりやすいのにどうして、わざわざ「過激派」な
どという分かりにくい呼称を用いるのだろう。イスラム原理主義がどういう宗派かについ
てわたしはよく知らないが、単に「過激派」と呼ぶだけでは何も伝わらないことぐらいは
分かるのだ。
海外のメディアは、たとえば英国BBC放送は「resistance in the Red Mosque」とい
う具合に「抵抗組織」と呼んでいる。
ロサンジェルス・タイムズ紙は「反逆者(rebel fighters)」と書き、同時にそれがかなり
複雑な組織体であることも報じている。
ムシャラフ大統領は彼らを100人以上も殺したが、そこには本当に殺さなければなら
ない理由なり事情なりがあったのかというと、わたしは疑問をもつ。
周知のようにムシャラフの背後には米国政府がいてパキスタン政府をいわゆる「テロ
との戦争」に駆り立てている。今回の急襲はその延長上の出来事であるのは歴然とし
ており、市民と学生を対象とした無惨な殺戮はブッシュ政権の意向によるものと考えれ
ばコトの輪郭が見えてくる。
米国政府はイスラム原理主義を殺せば「テロとの戦争」が終熄し世界が平和になると
いう展望をもっているのだろうか。
もっているわけがない。
米国政府が「テロ」と呼ぶ集団が、もしも米国のような重武装の軍事行動をとれる状
況にあったらゲリラ的な爆破計画なんぞは企てないのだ。市場などに自動車爆弾を仕
掛けるよりも最新鋭の戦闘機にミサイルを積んでワシントンやらニューヨークやらを攻
撃するほうが効果的なことは自明ではないか。
ところが現実にはそういった軍事力は米国の専有物となっている。そして米国の国益
だけを一方的に求め、その成就に執着し、邪魔する者が現れれば排除するというわけ
で、要するに「ブッシュの我が儘」を完徹させるのである。
しかしブッシュ政権はイラクで失敗しアフガニスタンでも失敗し、いままたパキスタンで
も市民の声を無視するという失敗を冒した。
パキスタンで100人単位、アフガンで1000人単位、イラクでは数万人の市民を殺し
まくることでブッシュ政権は、そりゃ莫大な利権も得るのだろうが、じつはさらに大きな
怨嗟に取り巻かれることにもなるのである。
そうして再び「テロ」が横行する。
現に、イスラマバードの急襲殺戮戦が終わった数時間後「アルカイダのナンバー2」と
されるアイマン・ザワヒリがパキスタンのイスラム教徒に、ムシャラフ政権に対する報復
攻撃を呼びかけたではないか。
Hours later, Ayman Zawahiri, who is said to be the No. 2 leader of Al Qaeda, called on Pakistani Muslims to wage holy war against the government of President Pervez Musharraf in retaliation for the assault on the mosque.
(ロサンジェルス・タイムズ紙)